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横浜地方裁判所 昭和53年(ワ)2251号 判決 1984年3月23日

原告

角田貞一

右訴訟代理人

小原一雄

逸見剛

被告

不動紀義

右訴訟代理人

森田文行

被告

斉藤勇

右訴訟代理人

中山秀行

右訴訟復代理人

馬場俊一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金一五三二万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五四年一月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外有限会社井口商事(以下「井口商事」という。)は、昭和五〇年七月八日設立され、分離前の相被告井口敏が代表取締役、被告不動紀義、同斉藤勇が各取締役に就任した。

2  原告の井口商事に対する債権と原告の蒙つた損害

(一) (土地の賃料及び引受賃料債権)

(1) 原告は、昭和四九年四月一日、訴外河内勝彦に対し、相模原市東橋本一丁目一六七番六及び同番二八の土地一三一坪を賃料一か月一五万円の約定で賃貸し、これを引き渡した。

(2) 右賃貸借契約上の賃借権は、同年一二月二〇日、訴外河内産商株式会社(以下「河内産商」という。)に、さらに、同五一年一〇月一五日、井口商事にそれぞれ原告の承諾を得て移転し、井口商事は同五二年三月三一日まで右土地を使用し、その未払賃料八三万円が存する。

(3) 井口商事は、右賃借権の取得に際し、賃貸人原告との間で、訴外河内勝彦及び河内産商が原告に対して負担する右賃貸借の未払賃料債務(昭和四九年四月一日から同五一年一〇月一四日までの分合計四五七万円)を引受ける旨約した。

(二) (手形債権)原告は、井口商事が昭和五一年一二月二四日に振出した別紙手形目録一ないし二五記載の約束手形二五通を現に所持している。

(三) (貸金債権)原告は、井口商事に対し、別紙貸金目録記載のとおり、昭和五一年一二月九日から同年一二月二七日までの間に前後三回に渡り七口合計四八二万八〇〇〇円を同目録記載の約定で貸し渡した。

(四) ところが、井口商事は、昭和五一年一二月二九日頃と同月末日頃の二度に渡り続けて不渡手形を出したため銀行取引停止処分を受け倒産し、原告は前記(一)ないし(三)記載の各債権(未払賃料八三万円、引受債務四五七万円、手形債権五〇九万六〇〇〇円、貸金債権四八二万八〇〇〇円)を回収することができず、その結果、原告は右合計一五三二万四〇〇〇円の損害を蒙るに至つた。

3  被告らの責任

(一) 民法七〇九条に基づく責任

(1) 井口商事は昭和五一年一〇月頃から経営状態が特に悪化し資金繰りに窮し、倒産必至の状態であり、会社資産も殆んどなく、本来の業務である冷凍機械設備の取付販売等の営業活動自体も、資金繰りに窮して休業同然の最悪の状況にあつた。

(2) しかるに、被告らは井口商事の取締役として、同商事が右経営状態からして原告に対して債務の弁済をなし得る見込みがないことを充分知つており、仮に知らないとしても過失により、同商事の代表取締役井口敏と共同して、同商事をして前記2(一)ないし(三)記載の各債務負担をなしたが、同商事は前記2(四)記載のとおり倒産し、その結果、原告に対し同記載どおりの損害を負わせたものである。

(二) 有限会社法三〇条の三に基づく責任

仮に、被告らに前項の責任が認められないとしても、被告らは、井口商事の取締役として代表取締役たる井口敏の業務執行が適正に行なわれるよう監視すべき職務上の注意義務を負つており、かつ、右井口の違法な業務執行を阻止できる立場にあつたにもかかわらず、重大な過失により右義務に違反し、右井口の原告に対する前記債務負担行為を看過したことにより原告に対して前記どおりの損害を負わせたものである。

4  よつて、原告は被告ら各自に対し、民法七〇九条若しくは有限会社法三〇条の三に基づく損害賠償請求として金一五三二万四〇〇〇円及びこれに対する弁済期経過の後である昭和五四年一月五日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2(一)ないし(三)の事実はいずれも知らない。同(四)の事実のうち井口商事が昭和五一年一二月末日頃倒産したことは認め、その余は知らない。

3  請求原因3(一)、(二)の事実はいずれも否認し、その主張は争う。

三  被告らの代物弁済の抗弁

井口商事は、昭和五一年一二月末日頃、原告との間において、原告に対して、自己が原告に対し負担する前記債務の弁済に代えて自己所有の乗用自動車一台、貨物自動車一台、工具類を原告に譲渡することを合意し、これらを引き渡した。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二請求原因2(原告の井口商事に対する債権と原告の蒙つた損害)について

1  土地の賃料及び引受賃料について

(一)  請求原因2(一)(1)、(2)の各事実については、<証拠>によりこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(二)  次に請求原因2(一)(3)の事実については、確かに、前掲河内勝彦の供述(第二回)及び原告本人の供述中に、これに沿う部分があるが、右河内の供述部分は、河内及び河内産商の原告に対する未払賃料額の点で同人の第一回の証言と大幅にくい違つており、また、右河内の供述及び原告本人の供述はいずれも、井口商事が四五七万円にものぼる多額の未払賃料債務を何故引き受けるに至つたかについての合理的理由の説明が全然なされておらず、右のいずれの供述もにわかに措信できず、他に右事実を認めるに足りる証拠もない。

2  手形債権について

<証拠>によれば請求原因2(二)の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

3  貸金債権について

<証拠>によれば、原告は井口商事に対し別紙貸金目録(一)、(三)ないし(七)記載の各金員を同日目録記載の約定で貸し渡した事実(但し同目録(七)記載の貸金の弁済を除く。)が認められ、右認定に反する分離前相被告井口敏の供述は前掲証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかしながら、同目録(二)記載の貸金については、これに沿う原告本人の供述はそれ自体前後相矛盾しており、また右供述によると原告が井口商事に対し、昭和五一年一二月九日に貸付をした際受取つたとされる甲第五号証の六(小切手)の振出日が同年一二月一九日となつていることに対する合理的理由の説明が全くなされていないこと等、右証拠のみでは右貸金の事実を認めることは到底できず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

4  原告の蒙つた損害について

井口商事が昭和五一年一二月末日頃倒産した事実は当事者間に争いがなく、また、前記1ないし3で認定した事実及び原告本人尋問の結果によると、原告は、井口商事の倒産により、土地賃料債権八三万円、手形債権合計五〇九万六〇〇〇円、貸付金債権四四二万八〇〇〇円以上合計一〇三五万四〇〇〇円の支払を受けられなくなり、その結果、同額の損害を蒙るに至つた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

三抗弁(代物弁済について)

確かに、被告らの抗弁事実に沿う前掲井口敏及び被告不動の各供述部分があるが、これは原告本人尋問の結果に照らしていずれも措信できず、他に右抗弁を認めるに足りる証拠はない。

四請求原因3(被告らの責任)について

1  まず原告は、原告の蒙つた前記損害は、被告らが井口敏と共同して故意または過失により原告から債務負担をなしたことに基づくものである旨主張するので考えるに、全証拠によるも、被告らが井口敏と共同して原告から債務を負担したとは認めるに足りる証拠はなく、却つて被告不動、同斉藤本人尋問の各結果によると、原告からの井口商事の債務負担は、井口敏が被告らとかかわりなく独自になしたことが認められるのであり、従つて原告の右主張は理由がない。

2  次に、原告主張の被告からの有限会社法三〇条の三に基づく損害賠償責任につき考える。

(一)  <証拠>によると次の事実が認められる。

(1) 井口商事は、井口敏が昭和四七年頃から経営した運送業の営業を拡大する目的で昭和五〇年七月八日資本金五〇万円を自己において全額出資した冷凍機械の運搬・設置等を営業目的とする有限会社であり、設立後の最盛期には従業員七、八人を使い順調であつたが、従業員のストライキなどを原因として昭和五一年夏頃から急速に業績が悪化し、同年一〇月頃には資金繰りに窮するに至り、先に認定したように原告より多額の貸金を受けてこれに対応するのみでなく、同社の融通手形や小切手を乱発して対応したが結局同年一二月末日頃には、右手形の不渡を出して銀行取引の停止処分を受け倒産するに至つたこと、井口敏は、井口商事の右設立時から代表取締役として就任し、同社の倒産に到るまで井口商事の経営を自己の判断で行ない、取締役に就任した被告不動及び同斉藤には一切経営について関与させず、その結果同社の社員総会は開かれたことが全然ないし、また取締役である右被告らが集つて同社の経営につき協議したことは、いまだかつて一度もなかつたこと、

(2) 被告不動が井口商事の取締役に就任したのは、井口敏から名義の貸与を懇請されたことに応じたもので役員報酬等金銭の支払は一切受けていないこと、同被告と井口敏は古い知り合いであり、右就任当時は金員を融資するなど親しい関係にあつたことから名義取締役の就任を引受けたが同被告は、当時はガソリンスタンドを、その後は金物業を経営して多忙であり、また井口敏から同商事の経営につき報告や相談を受けることもなかつたので何らこれに関与していなかつたが、ただ、井口敏よりその金員の借り受け申込を受け、従来からのつき合いとして、これに応じていた関係で昭和五一年夏頃から井口商事の経営が悪化し資金繰りのために井口敏が同社の融通手形を乱発したり、原告ら高利貸から高金利の金を借りていることは察知していたものの自己が名義上の取締役にすぎないころから一切の口出しを差し控えていたこと、

(3) 被告斉藤は、運送会社に同僚として井口敏と共に勤めていたことから知り合い、昭和五〇年四月頃から井口敏に対し自己所有建物を事務所として賃料五万円で貸しているだけでなく、同人との間に互いに、金融機関等よりの金員借入れについて保証人になるほどの間柄であつたため、井口商事設立に際し、井口敏からの要請を断りきれず、井口商事の名義上の取締役に就任したもので、同商事より役員報酬等一切の支給を受けていないこと、同被告は、右就任当時は個人で運送業を営んでいたが、同五一年一月頃から六月頃までは胃・一二指腸潰ようで入院しており、その後はろばた焼店を経営しており、井口からは井口商事の営業報告はおろか同社が倒産した事実さえ知らされておらず、同社の経営には一切関与していなかつたこと、

以上の事実が認められ、右認定に牴触する前掲河内勝彦及び原告本人の各供述、甲第七号証の一ないし四の各記載は前掲各証拠に照らしていずれも措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  右認定事実によると、被告らは井口商事から一切の報酬を受けておらず同社の経営にも関与していない名義のみを貸したいわゆる名目的取締役であるが、かかる名目的取締役であつても代表取締役の業務執行が適切に行なわれるように監視し是正すべき職務上の注意義務を負担するものと解すべきところ、前記認定によると、被告らが井口商事の取締役としてのかかる職責を充分に果していたとは到底考えられないが、この任務懈怠につき被告らに重大な過失があつたか否かについては、その名目的取締役としての具体的立場を加味して考慮すべきものであると解すべきであり、かかる観点からみると、前記認定の事実からして、被告らに重大な過失があつたとは直ちに速断できない。のみならず、仮に被告らに重大な過失があつたと判断できうるとしても、前記(一)で認定したとおり、井口商事の設立及びその経営の一切は井口敏が自己の出捐と責任でとりしきりその利益も自己のみに帰属すると考えて被告らが井口商事の経営に参画することを井口敏自身としても予期していなかつたこと、それ故に井口商事の経営については被告らに一切報告しないのみかまた相談もせず、その関与を排除していたのであるから、仮に被告らにおいて井口敏の乱脈な経営を指摘しその是正を求めてみても右井口がこれに従つたとは到底考えられないし、現に被告不動本人尋問の結果によれば、被告不動は井口敏が高利貸しから金員を借り入れたり手形を乱発しているのを知つてこれをやめるよう右井口を説得したが、聞き入れなかつた事実が認められる。かかる観点からみると被告らの右職務違反行為と原告の蒙つた損害との間には相当因果関係がないといわざるを得ず、結局原告の右主張も理由がないといわざるを得ない。

五以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(山口和男 髙山浩平 野々上友之)

手形目録、貸金目録<省略>

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